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稲刈りに 働く人を そばに見て コスモス畑 バス停の花 

  • 2011/10/15(土) 06:46:05

10月に入るとさすがに良い季節です。

仕事も大事ですが、外を歩くときには季節を感じるよう、カメラを持っていく時があります。

先日、京都の加茂に仕事があり出かけました。結構駅から離れたところに目的の場所があり、稲刈りが行われていました。

稲刈り

この辺は終わっていました。

稲刈りの済んだ田

別の日に、宇治田原の方へ行きましたが、テクテク歩いているとコスモスが咲き誇っていました。
コスモス

バス停近くではプランターに綺麗に植えた花が、満開でした。
バス停近くの花

夏の企業訪問は、暑くて大変でしたが、この頃は快適です。

カメラを持ち歩いて、気持ちに余裕があれば、目にとまったものを撮ってみるのもいいかなと思っています。
この他にも柿が鈴なりになっていましたが、帰ってみるとブレていて載せられませんでした。

手に取りし 奈良の子供が 写りたる 本に重ねる 我が幼き日 

  • 2011/10/10(月) 07:45:08

今日奈良市写真美術館へ行きました。
あまりにもよい天気で、家にじっとしているのがもったいない気がしたからです。


行く途中、母校の飛鳥小学校の同級生だった人家の前を懐かしく思い出しながら通りました。
入江泰吉さんの写真の展示がありました。出口のところで、戦後の奈良の様子を写した入江さんの写真集を見ました。もう私の記憶に残っていないようなものが多かったですが、中に街の子供を写したものがいくつかありました。
その時代私も子供でした。「こんなだったかな?」と思いました。
そこにあるのは服装こそ貧しい感じでしたが小ざっぱりしていて、表情は明るい子供達でした。

何もかもがまだアナログの時代でした。
その時代にタイムスリップして、歩いている自分に出会いたいなと思いまいた。

残りたる 波打つ地面を 見るにつけ 地震の強さ 想いを超える

  • 2011/05/28(土) 21:08:55

千葉県の幕張に5月18日から3日間研修に行ってきました。

独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構の高年齢者雇用アドバイザーとしての知識取得のためです。

研修の内容はさておき、予想通り、震災の影響で液状化が起こった跡が残っていました。

以下その状況です。

海浜幕張の北側の出口階段付近です。

海浜幕張 北側出口2

地面が凸凹し、応急的に段差をアスファルトで埋めています。

駅にくっつくように建っていた喫茶店は建物が傾斜し、営業していませんでした。

駅のバス停付近も地面が、ひび割れています。

海浜幕張駅北側バス停付近

おっと、これは震災で割れたのではありません。 駅前のモニュメントです。

モニュメント

建物は基礎がしっかりしているのか、ほとんど傾斜したのはありません。

ただ歩道が沈んだのか、建物と段差ができています。

建物との段差

歩道もこのようですが、もっと波打っているところもありました。

歩道の状況

相当揺れがひどかったようで、建物の中で天井から物が落ってきたりしたようでした。

研修中に一回だけ余震があリました。

国際見本市会場があるところですが、心なしか外国人は少なかったです。

山寺に 向かう道にも 帰るにも 里人やさしく こころ豊かに    

  • 2011/05/06(金) 05:45:03

4月29日に京都の上賀茂神社に行きましたが、今度は木津川市の加茂に行きました。

別に意識して「かも」にこだわったわけではありません。偶然です。

加茂の「浄瑠璃寺」や「岩船寺」にはよく行きますが、一度駅の反対側(北)の海住山寺というところに行ってみたかったからです。

今日は難しい理屈なしで、写真を主体に報告してみます。

まずJR加茂駅を降りて、昔からある古い通りを北に行きました。
大きな古い立派な民家が目につきます。

加茂の古い立派な民家

塀には面白い飾りがありました。

立派な古い民家の塀の角の飾り

やがて木津川にぶつかり大きな恭仁大橋を渡ります。

木津川下流側(橋より)

上流側はこれです。かなり川幅があります。木津川上流(橋より)

渡り終えると左に道をとりました。
田んぼの神様が祭ってありました。

豊作を祈る田の神様へのお花

そして奈良時代に約5年ほど都があったという恭仁京跡たどり着きました。

恭仁京

都の跡に山城の国の国分寺が建てられたとのことで、七重の塔のあったところの礎石がありました。

国分寺七重の塔の礎石

そこからずっと北の方に上っていくと集落があり、昔慈心上人という人の指導で20年かけて作ったという灌漑用水路につきます。

疏水

そこからが大変な急坂でかなり苦労してやっと「海住山寺」につきました。
本尊の十一面観音様はいま奈良の国立博物館に行っておられるとかで、お留守でした。

本坊の拝観で、庭が見れました。
真言宗ですので、禅寺のような難しい庭ではありません。

海住山寺 本坊庭(左)

海住山寺 本坊庭(正面)

海住山寺 本坊庭(右)

紅葉の季節には、素晴らしいようです。
しかし私にだけでなく他の参拝客の声かけに答えている様子を見ていても、ここの住職さんはあまり愛想がよくありません。
まだ修行が足りないようです。

本坊の手前の石畳をふと見ると、きれいなデザインだと感じました。
自然の石を加工して組み合わせてあるから、感覚的にすーと馴染めたのでしょう。

本坊内の石畳


国宝の五重塔はきれいです。

海住山寺 国宝 五重の塔

下山途中の竹やぶでケノコを見つけました。
もうこれくらい大きいと硬くて食べられないと思います。

筍

さらに下ると、きれいな茶畑を見ました。
一部一番茶を刈り取った畑もあります。

茶畑

こちらは奈良の広陵町あたりの織物屋さんが作っている「寒冷紗」が掛けてあり、甜茶用のかぶせ茶畑かと思います。

茶畑(かぶせ茶)

ずっと下って平坦地に近くなると、大きな鯉のぼりを上げている民家がありました。
これくらいになると町ではとても無理で、こういう農家でないと上られません。
まさに5月5日にどんぴしゃり、ふさわしい風景でした。

民家の大きいこいのぼり


この一日で印象に残ったのは、道すがらどの人に接しても皆さん人懐っこい方ばかりだったことです。
小川でお父さんと何やら網ですくって遊んでいた二人の男の子は、初対面の私に持っていた網を渡し何か採ってくれとせがみました。

沢ガニをとっているようでしたが、カニはとっくにそのあたりから逃げ出していません。
お父さんはタニシみたいな貝をすくっていました。

この人たちに限らず、里の人は駅からお寺に達するまでに触れ合った全部の人が、心の優しい、言いかえれば心に余裕のある人ばかりでした。


このあたりの人は、いい人達ばかりです。

古の 御所(ごせ)に生れし 高鴨社 神威は及ぶ 上賀茂の地に 

  • 2011/04/30(土) 07:24:54

京都洛北の上賀茂神社に参りました。

実は初めてです。

地下鉄北山駅から北西の方にぶらぶら歩いて行くと、やがて写真で見た社家の街並みに出ました。

上賀茂神社の社家

もうこれだけで見ても、来た甲斐があった感じです。

上賀茂神社付近の適当なところでご飯を食べようとしたら、これがなかなか見つかりません。

そこで上賀茂神社を通り越して、先に正伝寺へ行くつもりで歩いていたら、イワシのフライの日替わり定食の看板が目に入りました。

なんとそこのご主人は奈良の東大寺の南大門前の有名料理旅館「観鹿荘」の料理長をされていたことのある人だと判りました。

「にしかも神橋」の日替わり定食

さすが盛り付けも器も良かったし、おいしかったです。
ご飯のおかわりもして950円はリーズナブルで、大満足

奥さんとは恋愛結婚のようで、愛想のよい美人でした。

店の名はにしがも 神橋でついこの間、本格日本料理店から思い切って模様替えし、テイクアウトもできる気軽な店にしたそうです。

以前からの常連さんらしきお客さんが来ていました。

店構えはこれです。

「にしがも 神橋」の店

「にしがも神橋」の店構え

神社から西に賀茂川をわたり、500メートルほどさらに西に行った北側です。

そこからまた北西に向かって歩いて行くと目的の正伝寺(禅寺につきました。

ここも初めてです。

屋根などの修理中でしたが、庭は石庭ではなく刈り込みが右から左へ7、5、3と植えてありました。

正伝寺の庭

この刈り込みの庭の様子を獅子の子渡しと言うそうです。
そのつもりで眺めると、右から左に獅子の群れが川を渡っているように思いました。

中央手前の小さい刈り込みが「子です。
大人の獅子が、子を守りながら川を渡っていると見ました。

借景は比叡山です。

借景の比叡山

方丈という額の前の天井は徳川家康の忠臣・鳥居彦右衛門元忠ら1800余人が、伏見桃山城において1600年、石田光成の軍勢四万と交戦し、武運拙なく討ち死にし、残る380余人が自刃した時の血痕が残り、伏見桃山城を解体してその木材を再利用したものでした。
これは源光庵でも見たことがあります。京都のいくつかのお寺にあるようです。

血ぬりの天井

それからもと来た道を引き返し、上賀茂神社に参拝しました。
これは「細殿」です。
手前に円錐状の砂(立砂)が二山作ってありました。

上賀茂神社拝殿


結婚式が2組ほどあったようでした。

伝統の葵祭りや、競馬(くらべうま)が行われ、皇室とも縁が深い神社です。
この競馬の様子は実写ではありません。ポスターから拝借しました。

上賀茂神社の競馬

また北山の駅に歩いて帰る途中、とある民家で大きな鯉のぼりを見ました。

こいのぼり

15年ほど前、奈良の御所市の金剛山の東麓に「高鴨神社」や「高天彦神社」に一人でハイキングし、その地が神武東征以前からこの地に住んでいた鴨族の地であったことを知りました。

京都の上賀茂神社や下鴨神社の本家筋というわけです。

お昼のレストランの偶然を含め、京都と奈良の縁を感じました。